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「努力は惜しまない」ママさん美容師” 小熊ユナ”

「こちらにどうぞ」
順番待ちしていた私を案内してくれのは、今回の主役である美容師の小熊ユナさん。

話上手なユナさんは韓国から来た人だった。彼女の日本語は韓国人なんて分からないほど自然で、何も気づかないまま会話を続けていたほど。人柄も親しみやすく、私たちはすぐに意気投合した。

縁あって仲良くなった私たちは、2週間後に再会。
そこで私は、彼女の今までの生き方に脱帽する。

「人ってこんなにも努力出来るものだろうか。私ももっと出来ることがあるか もしれない」

こうと決めたら寄り道はしない。ただただゴールに向かってひたすら前に進んできた彼女の生き方に感動させ覚えた。

エネルギッシュで、自分の信念を貫いてきたママさん美容師”小熊ユナさん”。
今回は、そんな彼女の物語をお届けしたい。

 

小熊ユナとは?

 

Photo by https://www.instagram.com/yunuts/

韓国の大田(ていざん)という 、日本でいう横浜のようなところで生まれ育っ たユナさん。高校生のこの頃からオシャレに目覚め、前髪を切ってあげた姉に褒められたことで美容業界に興味を持ち始める。

ずっと世界を見たいと思っていたユナさんは、昔から興味があった日本に留 学。「日本で美容師をやる!」その夢を実現すべく、並並ならぬ努力を重ね、 日本で美容師として働き出す。

その後、仕事の厳しさに一度は挫折するものの、持ち前のストイックさと努力 を続け、再度美容師として生きていく自信を取り戻し 、日本で働き続ける。

現在は社会人時代に出会った日本人男性と結婚し、2児の母として育児に奮闘しながら美容師として活躍している 。

 

おとなしかった子供時代

 

ユナさんというと”芯のある強い女性”というイメージがあるが、子供の頃は真逆の性格で、大人しくて気が小さかったそうだ。

「教室にいるかいないか分からないくらい静かな子供。人前に立ったり、目立つことが苦手だった」

そんな子供の頃の性格は、絶対的存在だった父親の存在が影響していた。 ユナさんの父親は、自分の娘が社会に出て恥をかかないよう、子供の頃から厳しくしつけをしていたそうだ。

「今は父の気持ちが理解出来る。でも当時は違った。とにかく父が怖すぎて、無意識に自分を出さないように静かにしていたんだと思う。怒られないように良い子でいようと。父の存在が今とは真逆の性格、”静かで大人しい私”を作っていたかもしれないね」

真面目できっちりとした性格を持つ父親のしつけは、ユナさんにとって恐怖の 何者でもなかった。

 

父親からの解放、そして自分の道を歩き始める

 

Photo by https://www.instagram.com/yunuts/

ユナさんが高校2年生になった時、あるターニングポイントが訪れる。それは父と母の別居。その別居をきっかけにユナさんの生活は一転。厳しい父親のいない母・姉・自分の3人暮らしは、今まで抑えられていた本来のユナさんの性格を目覚めさせていった。

高校2年生になったユナさんは進路を決める時期となり、自分は将来何をして いきたいかを考え始める。父は教師になって欲しいという願いがあったそうだが、ユナさんはそれを望まなかった 。

今まで自己主張なんてしてこなかったユナさんは、初めて父親に反発。当時自 分に向いているかもしれない、と感じていた美容師の道に進むことを決心。

しかし、父はそれに対して首を縦に振ることはなかった 。父親の中では「美容師」という職業は、大学に行けない人が就く仕事というイメージしかなかったのだ。

「父の勝手な先入観はおかしいと思った。だからそんな父を納得させようと、 とにかく勉強してトップクラスまで成績を上げたの 」

しかし、そんな結果を持っても父の答えが変わることはなかった。

大学に進学するつもりがなかったユナさんは悩んだ。そこで手を差し伸べてくれたのが、いつもユナさんの味方であった母親だった。

「あなたなら何でも出来るわよ」

母はそう言って、父に内緒で美容師になる夢を応援。

そんな母の応援と学校側の理解もあり、高校3年生になったユナさんは、高校 に通う代わりに平日は美容学校、土曜日は自習生として美容室で働き始めた。

「もう自分の夢が決まっているなら、早いうちに始めた方がいい。私は大学に 行くつもりはない。だから受験勉強は必要ないでしょ?その時間を自分の夢に 使った方がいいと思ったの」

この頃から、父に怯える大人しいユナさんは居なくなっていた 。父と距離をおくことで、今まで自分が抑えてきた感情・自己表現が自由に出来るようになったのだ。

「やらない後悔だけはしたくない。そう強く思った。私を怒る人もいなくなっ て、その時は応援してくれる母・先生たちもいた。私の中で抑えられたいた積 極的な性格が、ここで一気に出てきたんだと思う」

一度決めたことは絶対に曲げない信念の強さは、この時に開花した。

父との別居がターニングポイントになり、彼女は今後の人生を自分の人生とし て歩き始めた。

 

日本への留学

 

Photo by https://www.instagram.com/yunuts/

無事に高校時代を終え、卒業後は晴れて美容師になったユナさん。手荒れなど の仕事の辛さもあったが、信頼出来る先輩のもとで3年近く勤務。そのあと、ずっと憧れていた海外留学のために美容師の仕事を退職した。

「昔からアメリカに憧れがあった。でも当時はビザの取得がとても難しくて断 念。でも、どうしても韓国を出て広い世界を見てみたかったから、留学は諦め られなかったの」

海外への憧れが消えなかった彼女は、アメリカの次に興味のあった日本への留 学を決める。仕事を辞めた後は、コンビニとレストランを掛け持ちし、留学資 金を貯め、2007年に日本・東京にやって来た 。

しかし憧れの留学は、彼女にとって思った以上に大変なものになっていった。せっかく貯めてきた資金も、語学学校の学費であっという間になくなり、バイト→学校→バイトの日々が始まる。

「早く美容師として働けるようになれば楽になれる 」

彼女は、韓国にいた時から日本で美容師をやるつもりだった。でも、日本で美容師の職に就くためには、日本の美容学校を出ている必要があった。

「早く美容師なって、今の生活から抜け出したい」

そう思ったユナさんは必死に日本語を勉強し、たった9ヶ月いう期間で日本語検定2級に合格。ひらがな・カタカナしか分からなかった彼女は、日本に来て1年も経たないうちに美容学校に入学を決める。

「その時はもう必死だった。毎朝5時に起きて2、3時間勉強。その後は9~ 12時まで語学学校、それが終わってからは夜までずっとアルバイト。家に帰ったらまた勉強。出来るだけ早く美容学校に必要な日本語検定に合格したかった。帰国は嫌だったから、あの時はやるしかなかったの」

そんな彼女は日本の美容学校に2年通い、日本で美容師として働くまでの3年 間、勉強とアルバイトの生活を耐え抜いた。

 

辛かった日々

 

Photo by https://www.instagram.com/yunuts/

美容学校を卒業したユナさんは、自由が丘のお店に美容師として就職する。

しかし、憧れていた日本での仕事はとても辛いものだった 。上下関係も厳し く、ずっと自分を否定される毎日に日に日に心が病んでいくのが分かったそうだ。

「なんでこんなに苦労までして日本にいなきゃいけないんだろう。 この時の私 は韓国に帰りたいって何度も思ってたよ 。でも応援してくれる母や姉の顔が浮 かんで、仕事を辞めて帰国するなんて出来なかった 」

帰国は出来ない。自分は大学も出ていないし、美容師しかやってこなかった。だから美容師を続けるしかない。そう思った彼女は1年ほどで最初の会社を退職し、カット専門店で働き始めた。

「正直カット専門店に面接に行った時、楽勝だと思った。今までの自分のキャリアもあったし、人気店で働いて来た自信もあったから」

しかし、彼女はすぐに”その自信”を失うことになる。

「そのお店はバリカンが使えることが必須条件だったの。でも当時の私はバリカンが使えない美容師。私、ここで役に立たないじゃないってショックを受けたのを覚えてる」

カット専門店で自分の技術の足りなさを知った彼女は、ここで働かせてもらうことを決める。

「これが日本での最後のチャンスだと思ってお店に頭を下げたの。また明日か らやり直しますのでここで働かせて下さいって、またアシスタントとして掃除 からやりますってね。プライドが傷つくこともあったけど、 ”使えいない自 分”がいたのも事実。意地を張らずに素直に教えて下さいって姿勢でいたね」

ユナさんのその真っ直ぐさは伝わり、カット専門店のアシスタントとして再出 発することが決まった。

 

美容師としての喜びを噛みしめる

 

Photo by https://www.instagram.com/yunuts/

努力を続けたユナさんは、ついに新規オープンのお店を任されるところまで成長。

「カット1000円のお店だけど、技術+他のお店と違う付加価値を感じて欲し い。そう思ってお客さんとのコミュニーケーションは大事にしたよ。せっかく 来てくれて、自分がカットした髪型で明日からも生きていくんだから、気持ち 良く帰って欲しい でしょ?」

そんな彼女の仕事に対する気持ちは評判となり、お客さんも徐々に増えていった。そんなある日、50歳くらいの男性を担当した時にこんな事を言われる。

「俺さ、いつもは有名店に行ってるけど……正直有名店より全然いいわ。これで美味しいもの食べてよ。こんなチップ、君には高くないよ」

そう言ってそのお客さんは200円のお釣りも受け取らず、財布から5,000 円を取り出し彼女に渡していったそうだ。それは、彼女の心あるサービスが伝わった瞬間だった。ユナさんは初めての経験に、驚きと喜びを隠せなかったと教えてくれた。

長く辛い時期が続いていたが、このカット専門店での出会いが彼女を元気付け、美容師としても大きく成長させてくれることとなった。

スタッフとお客さんに恵まれ、彼女は結婚するまでの3年間、ここで充実した日々を送った。

 

自分の夢を実現するために努力は惜しまない

 

Photo by https://www.instagram.com/yunuts/

これまでの人生で、何度も自分に負けてしまいそうな試練を乗り越えて来たユ ナさん。辛い中でも、もがきながら抜け道を探し出し前進。彼女は父から解放されてから、自分という道を歩き出し、 納得出来るような道を自分で作ってきた 。

「一度決めたら絶対に曲げない」

良い意味で頑固さのあるユナさんだからこそ、自分自身の夢を叶えてこれたの だろう。そんな彼女の努力はついに父親にも伝わり、今では良き理解者となっている。

 

美容師としての新たな夢

 

現在は2児の母として子育てに奮闘中のユナさんだが、もうすでに次の夢があると語ってくれた。それが訪問美容師。福祉施設や美容院に行きたくても行きないお年寄りを切ってあげたい、そういう気持ちからの発想だった。

「いろんな事情を持っている人の髪の毛を切ってあげたい。自分が出来ること をしてあげたい」

昔から奉仕精神のあるユナさんにとって、自分の好きな仕事で誰かを喜ばせることが出来る美容師という仕事は天職だった。

「でも子育てはしっかりとやる。絶対に寂しい思いはさせたくない。だから子 供達が独り立ちするまでは、子育てに支障が出ないようにやっていきたい」

そんな母の顔もしっかりと見せてくれたユナさんの夢は、今年中には始まりそ うだ。

 

愛情深い努力家

 

Photo by https://www.instagram.com/yunuts/

ユナさんに出会った頃は彼女の強い部分しか見えなかったが、今回対談させてもらって 、彼女の愛情深さも知ることが出来た。

こうと決めたら最後まで諦めない。
やれるところまでやり切る。

”超”が付くほどストイックな性格の持ち主のユナさんは、信じられないほどの努力家であり、自分で道を切り開き、数々の試練を乗り越えてきた人だった。本当に尊敬の一言に尽きる。

ユナさんのこれからが楽しみでしょうがない。きっとどんな状況になっても、彼女は自分らしく自分の人生を突き進んでいくのだろう。

 

▽Yuna Oguma’s information▽

Instagram : https://www.instagram.com/yunuts/

 

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