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毎週水曜日はメニューも値段もないレストランが開かれる

リバーサイドコミュニティ(以下、リバーサイド)には、毎週水曜日に必ず開かれるランチイベントがある。そのイベントには誰もが参加可能だ。リバーサイド住人、ウーファー、リバーサイド滞在者。コミュニティ関係者以外にも、地元の人やそのランチイベントに興味を持って訪れる一見さんもいる。

このランチイベントは、メニューも値段もない水曜日限定のレストランといった感じだ。その日のランチメニューは、旬の食材をふんだんに使ったリバーサイドスペシャリティを提供する。

食事のお代は寄付金として払っていっても、準備や片付けのお手伝いや「ありがとう」の気持ちで払っていってもいい。この”メニューも値段もないレストラン”は、参加者の温かい気持ちで長い間続いている。

今回はそんなコミュニティランチのお話をしよう。

 

メニューも値段もないレストラン

 

毎週水曜日に開かれる”コミュニティランチ”は、敷地の真ん中にあるコミュニティスペースで行われている。そこには保健所の許可が下りている広めのキッチン、そして自由に使えるスパイスや調味料なども揃っている。晴れている時はテラス席を作り、外で食事をすることもある。

料理の担当者は特に決まっておらず、その週に空いている住人や近隣の料理上手が担当する。稀にウーファーや長期滞在者も、料理担当として参加することもある。実際私も、メインとデザートを担当させてもらった。

食材はその季節の旬のものを使う。リバーサイドの畑に収穫出来るものを見にいったり、関係者から集まってくる食材を見てメニューを決めて行くのだ。

メニューも値段もないリバーサイドレストランは、全てベジタリアン・ビーガン料理で統一している。それは誰もが参加でき、食事を楽しめるようにという気持ちからだ。

リバーサイドがある地域はナチュラリストが多く、ベジタリアンやビーガンも多い。そういった人たちを考慮したリバーサイド側の心使いなんだろう。

Photo by Anne Caillet

毎回内容は違うが、だいたいランチメニューの構成は決まっている。フレッシュサラダ、スープ、天然発酵のパン、メイン、デザート。これらのメニューにコーヒーや紅茶、ハーブティーなどの飲み物が付く。

1回のコミュニティランチには、私が知っている限り、毎回30人近くの人がやってきていた。30人前は決して簡単に準備出来る量ではない。でも料理担当者は手際よく、数人でぱぱっと作っていくのだ。

朝9時くらいからキッチンに集まり、その日に必要な野菜を収穫しに行く人、料理し始める人と分かれて作業が始まる。11時くらいになるとスープやメイン、焼きたてのパンの香りが漂い始めてくる。

ランチタイムである12時近くになると、続々とお手伝いの人が集まってくる。そして、常連と思われるゲストたちを中心に、まっさらなスペースにテーブルや椅子、お皿などが準備されていくのだ。

12時のランチの時間になると、出来立ての料理をテーブルに並べ始める。大きな鍋に入ったスープとメイン料理は真ん中の料理テーブルに、朝摘みフレッシュサラダ、焼きたてのパン、バターなどは各テーブルに配っていく。デザートは後で出すのだ。

料理もゲストも集まったところで、ベレーナというコミュニティランチを仕切っている女性の挨拶によってランチはスタートする。「いただきます」の代わりに皆で輪になり、食事への感謝を込めて唄を歌う。そして各々好きな席に座って食事を始めるのだ。

初めましての人も多く、そこでのコミュニケーションが新しい繋がりを生むときもあった。

コミュニティランチには、子供たちの出し物の時間がある。それは食事がある程度進んだ後半にやってくる。住人やウーファーの子供たちは、この水曜日のために劇や歌を練習してくるのだ。決められたものを披露するのではなく、子供達自身で内容は考えているらしい。

私がいた時は10分ほどのミュージカルだった。子供たちは、ミュージカルに必要なものをリバーサイドにあるバケツやカーテンなどを使って準備していた。参加していた子供達は、3歳児から小学校年長さんくらいまで。お兄さん・お姉さんが小さい子達を気遣いながら、笑いと感動のあるミュージカルは進んで行った。

子供たちの出し物が終わるとデザートタイムに入る。食べ終わったお皿をまとめたり、お茶を用意し合ったり、それぞれが出来ること手伝う。そして、コミュニティランチが終わる1時頃まで私たちはデザートタイムを楽しむのだ。

食事が一通り終わると自然と片付けが始まり、午後の用事がない人はそのまま片付けを手伝ってくれる。

「あなたは作ってくれたから私たちがやるわ。休んでて」なんてゲストが積極的に手伝ってくれる。皆引き続き会話を楽しみながら、自分が出来ることを探し片付けを進めていく。

正直最初は、少ない人数で誰かの指示のもとやった方が早いと思っていた。でも、見知らぬ人との片付けは、お互いの思いやりを感じたり、コミュニテイケーションの大切さを再確認するきっかけとなった。

キッチンの片付けから、多目的スペースの掃除まで終わって終了。皆、「ごちそうさま」と満足そうにそれぞれの午後に戻っていく。

メニューも値段もないレストランは、私にとって創造力を刺激するものであった。

旬のもので何を作ろうかと考えることは、今までスーパーマーケットで簡単に欲しいものを手に入れいた私の思考をガラッと変えてくれた。「ない」から買いに行くのではなく、「あるもの」でどんなものが作れるかを考える。その発想の転換が、なんでも手に入る現代社会に生きて来た私の思考を刺激してくれたのだ。

それは子供たちの出し物にも感じることが出来た。「ない」から出来ないのではない。「あるもの」でどう工夫して皆を楽しませるものが作れるか。そういった思考で作られたものには、ユニークで新しい発見もあった。

またコミュニティランチでは、心温まる気づきを与えてもらった。

ランチのお返しは、それぞれが出来ることで返していく。でも、参加者の多くは率先して準備や片付けに動いていた。そこにはもはや、「Give&Take」というより「Give&Give」を感じた。何かをしてもらったからする、ではなく、何かしてあげたい、という気持ちが見えたのだ。

それはランチを用意するリバーサイド側からも感じた。正直、30人前の食材、それに伴う光熱費はそれなりに発生している。しかも毎週だ。少額でもランチ代を取った方がマイナスにはならないし、コミュニティ運営費に役立てることも出来る。

でも一貫してリバーサイドはそれをやらない。それはここにいる皆は家族であり、家族に対して見返りを要求せず与えることは当たり前だと考えているからだ。それはコミュニティの住人から教えてもらえた。

きっと本来の「Give&Take」は、「Give&Give」の先に自然と現れるものなのではないかとここで感じた。その気づきは、「してあげたのに何もない」なんていう苛立ちから卒業するきっかけにもなった。

Photo by Anne Caillet

毎週水曜日のコミュニティランチは、私にとって想像力を掻き立てるものであり、「与える」とは何かを考えさせてくれた時間となった。刺激を受けたのは私だけではない。ウーファーとして滞在した1ヶ月の間に、ガラッと考えが変わった仲間は他にもいた。

メニューも値段もないリバーサイドレストランは、美味しい食事とともに、人の愛情、そして無限の創造力をも私たちに提供してくれたのであった。

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