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「人を喜ばせたい」料理人バスカー”Naokawa”

台北の地下通路で聞こえて来たギターと日本語の歌。導かれるまま音の方向に歩いて行くと、1人の日本人男性が立っていた。

その男性こそが今回の主役、料理人バスカーの”Naokawa“さん。 彼との出会いは2017年の9月に訪れた台湾旅行での時だった。

終始笑顔が絶えない、柔らかい雰囲気を持つNaokawaさん。とても印象的だった彼は、いつかインタビューしたいと思っていた人だった 。

「料理人バスカー”Naokawa”は、前に進むことしか知らないのかもしれない」

そう感じるほど自分の想いに忠実で、思ったその時に行動に移していく彼の生き方には驚きの連続だった。

今回はそんな料理人バスカー”Naokawaさん”の人生を、皆さんとシェア出来たらと思う。

※バスキング=路上でパフォーマンスをした後にチップを集めること
※バスカー=バスキングをするパフォーマーのこと

 

料理人バスカー”Naokawa”とは?

 

Photo by https://www.instagram.com/naokawa114/

1986年4月、調理人バスカーNaokawaさんは、広島県呉市の3人兄弟の末っ子として生まれる。

「僕、ストレスゼロです」

そう話すNaokawaさんは、常に物事を前向きに捉える性格の持ち主。

「鳥のフンが落ちてきたら、普通なら最悪って思いますよね?僕の場合、もし 落ちてきたものが鉄骨だったら死んでた。あー、鳥のフンで良かった、と思う タイプなんです。嫌いなことももちろんある、でも物事は考え方次第で全く違 うものになると思ってるんです」

そんなNaokawaさんは昔から”仕事”が好きで、高校を自主退学、そしてそのままサラリーマンの道へ進んでいる。

そして29歳の時に、ずっと頭の片隅にあった「バックパッカーでの旅」を実現 するためにに、長く勤めていた会社を退社。その後、これまで一度も行ったこ とのなかった海外という世界に飛び出した。

現在は、旅の途中で見つけた新たな夢を実現するために、今もなお世界を旅し 続けている。

 

音楽との出会い

 

Photo by https://www.instagram.com/naokawa114/

料理人バスカーNaokawaさんが音楽に目覚めたのは17歳の頃。最初はドラムが好きで、当時は歌う気もギターをやる気もなかったそうだ。

でもドラムが上達していくうちに、自分がやりたいドラムプレーのために曲を 書くようになり、もっと曲にメロディラインが欲しいとギターやベースを演奏 するようになっていく 。

「音楽は、人生を豊かにしてくれるものだと信じてます」

そう話すNaokawaさんは、音楽をやることによって感動する心の幅が広がって いったと話してくれた。

この雰囲気の音楽にはどの音色、相手に何を伝えたいか、聞いてる人は何を感 じるか、そんなことを曲作りの中でイメージすることが楽しくなっていたNaokawaさん。大きく感情に揺さぶられることが少なかった彼の心は、音楽 によって少しづつ変わっていったのだった。

もう1つ音楽で得たものが「友達」。 部屋にこもって黙々と音楽を作ることが好きだったNaokawaさんは、人とのコミュニケーションが苦手だった。

でも音楽は、そんな彼の言葉の代わりとなってくれるものでもあった 。それはバスキングにも大きく影響を与えているという。

「音楽はいろんな意味で自分をぶっ壊してくれた。本当に出会えて良かったと 思ってます」

Naokawaさんにとって音楽との出会いは、 それまでの自分を変えてくれるも のだった。

 

バックパッカーになるまでの10年間

 

Photo by https://www.instagram.com/naokawa114/

―高校自主退学―

 

「僕、仕事が好きなんですよ」
インタビューの中で何度も出てきたこの言葉。そんなNaokawaさんは、高校3年生の夏休みに自主退学を決める。

その理由はもちろん「仕事」。Naokawaさんにとって高校から始めたセブンイレブンのアルバイト、そして兄の手伝いでやっていた自宅訪問の営業の仕事は、学校に行くことよりも楽しかったのだ。

「成績が悪いわけでも、行きたくない特別な理由があったわけでもない。数 学、中でも方程式が好きな自分もいて勉強はしていました 。でも社会に出て仕 事をしていくうちに、その”社会”で必要だと思っていた方程式は使わないことに気づいたんです。それが分かった時に、学校に行く必要はないと思ったんですよ」

彼の考え方は、驚くほどシンプルだった。

「もし、また学校に行きたくなたらいつでも行ける」

Naokawaさんにとって重要なことは「学歴」ではなく、「その事自体が必要で あるかないか」だった。そんな彼は自主退学後、気持ちが学校に戻る事なくサラリーマンの道に進んでいく。

 

―音楽のために上京、そして就職―

 

20歳になったNaokawaさんはふと、上京を考え始める。

「東京で音楽をやりたい」

そんな彼は、求人誌で見つけた某新聞社の販売店員として就職を決め、拠点を広島から東京へと変える。その後、仕事が好きな彼は会社で次々と業績をあげ、2店舗の店長を務めるまでに。

「僕、サラリーマン大好きなんです」

昼間は好きな仕事、そして家に帰れば好きな音楽を作る。彼のサラリーマン時 代は、好きなこの2つが充実していた生活だった。

 

―独立の話をきっかけにバックパッカー・バスカーの道へー

 

業績も良く、店長としても信頼のあったNaokawaさんについに独立の話がくる。楽しくて10年も続けてきた仕事。でも、ふとこんなことが頭を過ぎった。

「一度もバックパッカーしてないな」

今までやっていた仕事は、365日24時間営業の仕事。仕事をしながら旅に出て もいいと思っていたが、独立となると話は違う。きっと旅に行くような時間がなくなるだろう。そう思ったNaokawaさんは独立を断り、それを期に仕事も退 職。

「サラリーマンを辞めるまでの10年間、ずっと海外に行きたいという思いはあ りました。でも仕事の楽しさでずっと引き伸ばしていたんです」

Naokawaさんにとって独立の話を断ることは、自分の背中を押してくれるもの になったのだった。

 

夢のバックパッカー生活

 

Photo by https://www.instagram.com/naokawa114/

―最初は海外もバスキングも嫌いだったー

 

長いサラリーマン時代に終止符を打ったNaokawaさんは、夢のバックパッカー の旅を始める。

10代の時に刺激を受けた、高橋歩さんの旅本”LOVE&PEACE”の世界に飛び込んだNaokawaさん。しかし、その飛び込んだ海外という世界は、自分が思っていた楽しい世界ではなかった。

台湾から始めた旅。着いた初日にトラブルに遭ったり、好きなことで稼ぎたい と始めたバスキングで成果が出ない日々は、決して楽しいと思えるものではなかった。

「海外なんて嫌い、バスキングもしたくない」

英語も中国語も話せない、加えてコミュニケーションが苦手だったNaokawaさ んにとって、ずっと憧れていたバックパッカーの旅は最初から苦労の連続だった。​​

―大切なことに気づくー

 

Photo by https://www.instagram.com/naokawa114/

それでも海外に残り、旅の資金を稼ぐため人前に立ち続けたNaokawaさんはある大切なことに気づく。

「バスキングは相手(オーディエンス)を喜ばせることが大事。その対価としてチップがもらえるんだ」

バスキングを始めた頃は、喜ばせようという気持ちがゼロだったと話すNaokawaさん。

「自分が生きるために」

そんな想いが強く、必死に歌っていた彼の音楽はチップに反映されることはなかった。しかし、自分なりに答えを得た彼は「相手 (オーディエンス)」が喜ぶような音楽に変えていく。

カバー曲から日本の有名な曲、そしてオリジナルも 。とにかく聞いてくれる人 が喜んでくれるものを選曲していった。そのことがきっかけで、Naokawaさんはバスカーとして成果を出していくようになる。 ​

 

―楽しくなっていった毎日、そして得たもの ―

 

Photo by https://www.instagram.com/naokawa114/

今までの人生の中で、バスキングだけは好きになれなかったいう Naokawaさ ん。それは遊びや趣味ではなく、プロのバスカーとして始めた ”仕事“に成果が 出なかったから。

「大切なことに気づいてから成果が出始めました。つまりバスキングで稼げる ようになったってこと。それは自分にとって、 ”手に職を得た”という確信でし た。バスキングが”仕事”になった時、やっと好きになれたんです」

仕事が好きなNaokawaさんらしい言葉だった。そしてもう1つ彼が得たもの、 それは苦悩の先にあったもっと楽しい世界。

「バスキングは、コミュニケーションが苦手な自分にとって大きなチャレンジ でした。でも人前で歌うようになって、そんな自分が少しづつ変わっていっ た。その時に友達も増え、人を喜ばせる楽しさも大きくなっていきました 」

彼はバスキングによって視野が広がり、苦手を克服。そして更なる楽しい世界へ足を踏み入れていった。

ラーメン修行のために一時帰国

 

Photo by https://www.instagram.com/naokawa114/

「ラーメン屋をオープンしたい!」

日本食が恋しくなったことで生まれた新たな夢。

「食べること」「飲むこと」が何よりも好きなNaokawaさんにとって 、『食』とは生活の中で1番重要なことだった。

「どうにかならないか」

そんな風に考え始め、突如生まれたのが「ラーメン屋をオープンする」という アイデア。その後悶々と考え続けた彼は、旅を始めて1年後、ラーメン修行のために帰国を決意する。

今までやったことのない職種に臆することなく、持ち前の行動力で前に進んで いくNaokawaさん。驚くことに、帰国2日後には自分が希望するラーメン屋ですでに働いていた。

何でも器用にこなしてしまう彼は、なんと半年足らずで一人前に成長。そしてもっとスキルをあげたいと、もう半年間中華のお店でも修行していた。

満足のいくスキルを手に入れた彼は、新たな夢を抱き始める。

「バスキングで得たお金で、自分の好きな場所でラーメン屋をオープンしよう。そこで皆を喜ばせたい!」

そう目標を定めた彼は、1年の修行期間を終え、再び世界に戻ることを決める。

これまでの人生の中で今が1番楽しい

 

Photo by https://www.instagram.com/naokawa114/

ラーメン修行から世界に戻ってきてもうすぐ1年。

バスカーとしても料理人としても ”仕事”を確立出来たNaokawaさんは、自分の好きな仕事で生活し、美味しいものが食べられ、人と繋がり、自分の夢へと邁進している「今」は、人生の中で1番と言っていいほど楽しいと語ってくれた。

「今の生活よりサラリーマンが楽しそうって思ったら、またサラリーマンに戻 るかもしれませんね」

そう少し笑って言ったその言葉は、 これからも自分が楽しいと思う道に進んで 行きたいという、昔から変わらない彼らしい言葉だった。

 

料理人バスカーNaokawaの原動力は「人を喜ばせること」

 

Photo by https://www.instagram.com/naokawa114/

「誰かを感動させることで自分が感動する。誰かを喜ばせることで自分が向上 し、そのことが自分の喜び・楽しさに繋がっている。僕は究極のナルシストに なります!」

そう力強く話してくれた Naokawaさん。

「バスキングで貯めたお金のみで、自分の好きな場所でラーメン屋をオープンする」

Naokawaさんの行動の原動力は、とにかく「人を喜ばせること」ということ。 彼はその気持ちを大切に、これからも生きていきたいと教えてくれた。

 

Naokawaのこれから

 

Photo by https://www.instagram.com/naokawa114/

そんなNaokawaさんは、夢の実現のためにあと2年旅を続ける予定だ。

今後はノルウェーから南下して、エジプト、スペイン、メキシコ、ニュージー ランドへ移動予定。その旅の中で、「お店をオープンしたいと思う場所も見つ けて行きたい」と楽しそうに話してくれた。

インタビューをさせてもらった1時間、私は何度驚いたか分からない。 あの台湾で出会った時のイメージからは想像も出来なかったNaokawaさんの生き方は、 学ぶことばかりだった。

料理人バスカーNaokawaさんは、今どこで誰を喜ばせているのだろうか?

Naokawaさんによって、これから幸せな気持ちになっていく人が広がっていくと思うと 、1ファンである私も嬉しく思う。

 

▽Naokawa’s information▽

Instagram : https://www.instagram.com/naokawa114/

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