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「お菓子作りは私のエネルギー」和菓子職人”小林優子”

京都・左京区のとあるカフェで出逢った和菓子職人、小林優子さん。レンタル カフェスペースで、毎週金曜日のお昼のみ「みのり菓子」の店主としてお店に 立っている。

猫が大好きな小林さんのエプロンにはいつも2匹の猫のバッチ。 手書きで書かれたメニューと店主おすすめの3冊の本。 毎回自宅から持ってこられる自前の器たち。 そして、店主オリジナルの和菓子 。

小林さんの好きなモノとセンスがキラリと光る空間で、私は噂の白味噌のティ ラミスを頂いた。

よく料理にはその人の人柄が出ると言うが、その白味噌のティラミスを 一 口食べた時、「こういう味が作れる人ってどんな人なんだろう 」と心がときめ きインタビューをお願いした 。

「好きこそ物の上手なれ」、とでも言えば良いだろうか。 小林さんのお菓子作りに対する情熱は、お店の店主として立つまでに発展。

「好き」のエネルギーって凄い!

今回は、そう思わせてくた和菓子職人さんの物語をお届けしよう。

 

みのり菓子店主 小林優子

 

 

京都生まれの京都育ち、和菓子職人であり、2児の母でもある小林優子さん。

昔からお菓子作りが好きだった小林さんは、ある母の言葉をきっかけに製菓の 専門学校に進学する。

洋菓子一筋だったはずの小林さんは、学校の授業で見た和菓子職人の姿が強く 印象に残り、卒業後、そのまま和の世界へ。

就職した職場で和菓子の基礎を学んで行った小林さんは、「良き伝統を伝えつ つ、新しいことに挑戦したい!」と、和菓子職人”小林優子”として個人的に活 動を開始する。

そこで運命的に出逢ったのが、リバーサイドカフェというレンタルカフェ。タ イミング良く店長募集していたことをきっかけに 、”みのり菓子”の店主として 2017年10月からお店に立ち始めた。

現在は2児の母、昔からお世話になっている和菓子屋さんでの仕事 、そしてみ のり菓子の店主の3足のわらじを履く毎日を過ごしている。

 

幼い頃からお菓子作りが好きだった

 

小林さんのお菓子作りへの情熱は、母からもらった1冊の本から始まる。 最初に買ってもらった本は、とても古いオーソドックスなマドレーヌやクッキ ーの本。

手作りお菓子を作っていた母の影響もあり、もともと興味があったお菓子作 り。本を与えてもらった小林さんは、1ページ目から最後のページまで順番に レシピを形にしていった。

だんだんお菓子の技術が上がっていって、最後はデコレーションケーキ。1冊 全てのレシピを作り終わったら、また新しい本をお願いして買ってもらってい たそうだ。

「1冊終わったら、次はゼラチンのお菓子など難しいものに挑戦して。またそ の本を最初から最後まで作る。毎回次のページを見ると“明日はマドレーヌや な”とワクワクしていました。私にとって、お菓子作りは大好きな遊びの1 つでした」

とにかくお菓子作りに没頭していた小林さんは、いつも自分のお小遣いからバ ターや小麦粉などの材料費をまかなっていた。

「卵は貸してね!」
たまには、そんな可愛い交渉もしつつ。

お菓子作りは小林さんにとって楽しい実験のようだったと言う。

「卵と砂糖を混ぜたらどうなるんだろう?」

勉強は嫌いだった小林さん。でも、お菓子作りに対しての探究心だけは尽きる ことはなかったそうだ。

 

進路を決めるきっかけは母の一言

 

Photo by https://www.instagram.com/minorimochi/

高校生になってもお菓子作りの情熱は消えなかった小林さんは、高校2年生の 進路を決める時期に母にこう言われる。

「そんなにお菓子作るなら、学校でも行き!」

ただお菓子作りが好きだった小林さんは、この母の言葉に、お菓子が学べる学 校があることを知る。

「お菓子の学校があるんだ。それは行ってみたい!」

好きなことがもっと学べる場所があると知った小林さん。周りの皆が受験勉強 に必死な中、学校を調べ、何の迷いもなく製菓の専門学校に進学を決めた。

 

専門学校に入ることをきっかけに職人の道へ

 

「働かざる者、食うべからず」
幼少期から、この教えの元育ってきた小林さん。

「学校を出るからには、お菓子の仕事をしなければ」

そんな強い思いがあり、その気持ちが同時に”お菓子職人になる”という確信に 自然と変わっていった 。

意気揚々と入学した専門学校。入学当時はまだ洋菓子の道に進むつもりで、働 いている自分の姿をイメージすると、フリフリのエプロンを着けた姿が映像に 浮かんできたそうだ。

しかし、授業で受けた和菓子の世界に魅了された小林さんは、ずっと思い描い てたフリフリのエプロンから和菓子職人の道に進むことを決める。

「洋菓子は見た目も華やかで、クリームを泡立てる工程なども派手。それと対 照的に和菓子はただただ餡を練って 、丸めて包んで、指先で静かに工程が進ん でいく。クリームを絞ったりするわけではないのに、何であんなに美しいんだ ろう、今まで何やってだろうって思いました」

和菓子には1つ1つ物語があり、小さなお菓子の中に和歌の想いや、職人1人 1人の想いが込められている。 そういった和菓子ならではの奥深さに衝撃を受け、小林さんは和菓子の世界に引き込まれていった。

 

卒業し、本格的に和菓子を学び出す

 

Photo by https://www.instagram.com/minorimochi/

専門学校を卒業後、京都市内の和菓子屋さんに就職した小林さん。入社当時は 接客を学び、その後に工場に入った。専門学校では洋菓子中心の授業だったので、本格的に和菓子を学ぶのはこの時 から。

「手先が不器用で、何より物覚えの悪さに毎日泣いていました」

最初は出来ない事が多く、辞めてしまいたいと思うこともあったそうだ。

「くじけそうな時は何度かありましたが、”感覚で覚えて。目で見て覚えて行 けばいい”と厳しくも愛のある言葉をかけてくれる先輩方の元、職場に残り続 けました。いつも怒られていて、ほぼ褒められる事がなかったのに、ずっと自 分を引き止めてくれる人もいて。その人のためにも、何か応えないと思って辞 めなかったんです」

19歳に入社した職場は、辛い時期も乗り越え、今でも働き続けている。

 

みのり菓子店主としてお店に立つ

 

昔ながらの伝統的な和菓子を作っていた小林さんは、あることに気が付く。

「ただお皿にポンっとのせて、お抹茶が置いてあるだけだと若い人は食べてく れない。その事が働いている中で身に染みて分かりました」

並々ならぬ和菓子への想いがあった小林さんは、もっと和菓子を食べてもらえ るように行動を開始する。

「もともと好きだった果物と和菓子を組み合わせたらどうなるだろう?」
そんな好奇心から、職場で学んだ基礎を元に、独学で和菓子を作り始めた。

「和菓子の根源は果物。もともと昔の人は木の実をとって、それをお菓子代わ りに食べていました。昔から小豆も寒天もあって、そうやって木の実を食べて いた事実があるなら、和菓子と果物の組み合わせもやっていたかもしれない。

そう思ったら、その古き良き伝統を復活させて伝えて行きたいという想いにも 火が付き、”今やらないでどうする!”という気持ちになったんですよね」

そんな小林さんの想いはカタチとなり、理解ある職場の後押しもあって、”One day café”という形で小林さんオリジナルの和菓子を提供し始めた。

2ヶ月に1回のペースで開催していたこの企画。その活動を知っていた姉から、ある日こんなことを言われる。

「そんなにやるんだったら、他でやったらいいじゃない!」

そうアドバイスをくれた姉に連れられるがまま、小林さんはあるカフェを訪れることになる。そこが今まさに”みのり菓子“の店主として立っている ”レンタルカフェ ・ リバーサイドカフェ”だった。

運命と言って良いほどタイミング良く店長枠が空いていたこともあり、ここ での営業をほぼ即決。

「やるしかない!」

いつか自分のお菓子を食べてもらえるような事がしたい、そう思っていた小林 さんには、週1店長として自分のお店を持つことに何の不安もなかった。

そして 2017年10月に、半年間という約束で自分のお店の始めることになったのだ。

 

お菓子作りは自分を楽しませてくれるもの、そして次へのエネルギー

 

Photo by https://www.instagram.com/minorimochi/

母に買って もらった一冊の本から始まったお菓子作り。 小林さんにとってお菓子作りはいつも自分を楽しませてくれるものであり、 次に進むためのエネルギーとなるものだった。

「試作していく中でもちろん失敗もあって 、心がポッキリ折れてしまうことも あります。でも30秒くらいで立ち直ってしまう。 ”しょうがない!“と潔く思って、次はどうしようか考える。落ち込んでいる時間が勿体無いから、喜んでもらえるようなものを作るために、次の実験にすぐ取り掛かります」

特に”みのり菓子”としての営業は、毎回新しい和菓子を考案し、提供出来る最 高に楽しい場になっているそうだ。

「新しい和菓子を提供し続けることはある種の挑戦。”もっと追い詰められた ら何かアイデアが出るだろう。しぼり出せー!”と半ば強制的な状況にわざと しているんです (笑)」

三足のわらじを履いている小林さんは、自分の時間がゆっくり取れないほど忙 しい毎日を過ごしている。そんな中、毎週新しいものを生み出し続けること は、そんなに簡単なことではない。

でも毎回新しいものに挑戦出来る機会と、それを食べてくれるお客さんがい るということに、楽しさと向上心は尽きなかった。

 

息子のためにお店を持ちたい

 

自分の楽しみで始めたお菓子作り。

喜んでくれる家族やお客さんに食べてもらう内に、いつしか自分のためのお菓 子作りは、自分以外の誰かのためになっていった 。

「ただ自己満足のために作っていたお菓子を、第三者に気にいってもらって注 文を受けた時、”和菓子職人”としての自信を得ました。自分のお菓子を誰かに 食べさせてもいいんだなって。そこから作る想いが自分から誰か へと、外へ外 へと広がっていったんです」

そんな小林さんのこれからのビジョンは、自分のお店を持つこと。 それはずっと何かしらの形で自分の和菓子を提供したい、という想いと別にあった。

お店を持ちたい理由、それは自閉症を持つ息子さんの居場所を作ってあげたい という、母としての想いから 。

「自閉症を持つ息子は、これから困難な場面に出くわす機会がきっとあると思 います。そんな息子に何か残してあげたれたら。お店を持ちたい気持ちは、自 分のためというより息子のためかもしれませんね」

正直、今までは息子さん中心の生活で、思い通りに時間を作れなかったという 小林さん。中学2年生になった彼の進路が決まったら、本格的にお店の立ち上 げに動き出す予定だそうだ。

「息子は家族の中で、唯一私のお菓子を食べてくれる人なんです。娘は洋菓子 が好きだし、同じ職場の旦那さんは伝統派の和菓子職人で食べてくれません (笑) お店が出来たら、私のお菓子を食べてくれる息子に何か手伝わせてあげようと企んでます」

忙しい毎日の中で、少しつづ準備をして行きたいという小林さんのお店は、2 年以内にオープンと目標を決め進行中だ。

 

自分が作ったお菓子を食べて笑って欲しい

 

「飽き性なところがあって、ある程度出来るようになると続かない性格。でも お菓子作りだけはずっと辞めなかったですね。一生付き合っていくんだな、と 思ってます」

自分のためから、相手を想うお菓子作りへと発展していった 小林さん。今後大 事にして行きたいことを教えてもらった。

「自分のお菓子を食べて笑顔になってもらうこと。結構心配性で、落ち込んで る人をみると放っておけないんですよね。 そんな人も、自分が作ったお菓子を 食べて、その時間だけでも嫌なことを忘れてくれたらと思います 」

ただただ、好きだったお菓子作り。

1冊の本から始まり、それから30年ほど経った今、お菓子作りは自分だけでは なく、誰かの心を楽しませてくれるものへと変わっていた。

 

みのり菓子は一度熟成期間に入ります

 

多くの人に愛されているみのり菓子店。約束だった半年という期間も延長して 続けて来たが、ついに6月22日を最後に、週1店長を卒業することになる。

小林さんの独創的な和菓子を食べられなくなると思うと、とても残念に思う。でも行動力抜群の小林さんのこと、きっとまた何かしらの形 で、または計画中のお店でお会い出来るのではないかと思っている。

きっとこれからも“みのり菓子”の和菓子は進化していくだろう。

白味噌のティラミス、復活してくれるだろうか。
小林さんのお店が出来る日が楽しみでしょうがない。

 

▽みのり菓子▽
Instagram : https://www.instagram.com/minorimochi/

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