Diary

猫、時々犬。

私は猫であり、犬である。

こんなこと言ったら、「変な人」と思われて、目を合わさずに苦笑いする相手の顔が思い浮かぶ。でも何度考え直しても、私は猫でもあり、犬でもあるのだ。

「自分を動物に例えると?」なんて質問には困っている。正反対の性格を持つこの2匹の名前を上げると、「どっちなんだよ!」なんて言われてしまうからだ。

「どっちなんだよ!」私だってそう思ってる。
「どっちもだよ!」こうも言いたくなる。

いつも誰か私にぴったりな動物を見つけてくれないか、なんて希望を持って相手に聞いてみたりする。しかし、今までにしっくりとした答えを得たことは1度もない。

やっぱり私は猫であり、犬なのだ。

同じ毛が生えた四つ足の哺乳類なのに、あの2匹は全く違う性格の持ち主。私の性格は1つの体という共通点を持ち、2つの性格を持っているという事だ。

「えっ!二重人格!?」

そんなことを思ったことがあるくらい、極端に私の中で猫と犬が走り回っている。

 

基本、私は猫である。

一切の束縛を嫌う気まぐれ猫。気分が乗ることだけに情熱を向け、それ以外の事となると全くと言っていいほど興味が湧かない。

友達には、「あんたは捕まらないで有名だよ。いつもどこにいるの?」なんて言われた事がある。実はいつも同じところにいるのに、気分が乗らないからじっと部屋の中で日向ぼっこしてるのだ。

そして私の行動範囲は狭い。安心出来て、自分の居心地の良い場所を見つけると住み着いてしまう。好奇心旺盛なくせに、結局お気に入りの場所にずっといる。外の世界はどうでも良くなって、狭い平和な世界でのびのびと暮らすのだ。

わがままな私は、自分の時間を堪能している時は誰にも邪魔されたくない。こちらから行くまで放っといて欲しいのだ。でも、稀に甘えたい時や触って欲しい時がやってくる。その時はこれでもかってくらいに相手に猛アピールしてみる。視界にとにかく入ってみたり、足元にすりついてみたり。

嫌われることなんて考えていないから、自分の思うがままに生きてしまう。それが猫。そして3分の2の私だ。

残りの3分の1の私は犬である。一年に何度か犬の日がやってくる。それはいつも急で、私の中の猫が家出した日によくやって来るのだ。

犬の日は、人肌恋しくて飼い主の居ない家にいるのが苦痛でしょうがなくなる。

「誰に会いたい。誰かに触れたい。」

気づけば携帯片手に遠吠えをしている。SOSの合図だ。

いつも「ツン」なの猫なのに、この時ばかりは「デレデレ・甘々」の犬になる。しっぽをこれでもかって振っている私を、優しい飼い主たちはいつも構ってくれる。いつも「ツン」なのに。

犬の日は行動範囲も広くなる。大好きなボールを投げられると、それ目がけて一直線。猫の日はいつもしっぽり静かにしているのに、この時ばかりは全力疾走だ。それが海を超えた異国の地でも、周りが見えなくなって夢中で泳いでボールを取りに行く。

そしてボールをキャッチすると、必ず飼い主のところへ戻ってくる。時に1年以上帰って来ない時もあるが、、、、、、。

猫と違ってすごく寂しがり屋で放っとかれるのが嫌だから、一所懸命良い子にして撫でてもらおうとする。とにかく同じ空間に気の許した飼い主がいて欲しい。それが犬。そして3分の1の私。

結局のところ、私はあまのじゃく。

というか、ただのわがままってことなんだろうか。
私はただ、自分に嘘を吐きたくないだけだ。

私は自由をこよなく愛する気まぐれ猫であり、時々寂しがり屋の犬。
新種が生まれるまでは、これは一番しっくりくる。

やっぱり私は猫であり、犬である。

 

※今日は違う雰囲気で書いて見たくなって、ちょっと空想も入れて書いてみました。最後まで読んでくれてありがとう!

 

 

スポンサーリンク
Share this...
Share on Google+
Google+
Share on Facebook
Facebook
Top